太陽がいっぱいは、1960年公開のフランス・イタリア合作映画。大富豪の息子を殺して彼になりすました青年トムの犯罪の行方は…。アラン・ドロンが“天使の顔をした悪人”を演じるサスペンス・ドラマ。1999年にマット・デイモン主演で、映画『リプリー』が公開された。これは本作の再映画化だが、原作により忠実に映画化されている。しかし後半の展開が微妙に違っている。
太陽がいっぱい 映画批評・評価・考察
太陽がいっぱい(原題:Plein Soleil)
脚本:38点
演技・演出:18点
撮影・美術:19点
編集:9点
音響・音楽:10点
合計94点
アラン・ドロンを一躍世界的大スターに押し上げた作品で、当時アラン・ドロンは24歳と役柄ともあってます。ただ、アラン・ドロンも才能があったのでしょうが、名匠ルネ・クレマン監督の手腕の引き出しも大きいと思います。犯罪ドラマを見せるだけでなく、トムとフィリップの間に愛憎劇のようなものを感じさせるところがあります。露骨な描写ではなく、どことなく感じさせるところが巧みなところでもあります。
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太陽がいっぱい あらすじ(ネタバレ)
トム・リプレイ(アラン・ドロン)は貧乏なアメリカ青年だ。彼はナポリに、中学時代の友人で金持のドラ息子フィリップ(モーリス・ロネ)を、父親から五千ドルの約束で連れ戻しにきた。フィリップにはパリ生れのマルジェ(マリー・ラフォレ)という美しい婚約者がいた。ナポリから帰ると、フィリップの父から契約をやめる手紙が来ていた。フィリップが約束の手紙を出さなかったからだ。フィリップはトムを邪魔者扱いにしていた。友人のパーティーに向うヨットの上で、トムはますます彼からさげすまれた。裸でボートに放り出され、全身が火傷のように日焼けした。トムはフィリップに強い殺意を抱くようになった。まずマルジュとフィリップに大喧嘩をさせ、彼女が船から下ろすと、ついにフィリップを刺し殺した。死体はロープで縛り、海へ捨てた。陸へ上ると、彼はフィリップになりすました。ホテルに泊り、身分証明書を偽造し、サインを真似、声まで真似た。ヨットを売り払う交渉も、親元からの送金を引き出すこともうまくいった。ホテルにフィリップの叔母が訪ねてきたが、別の下宿に移って事なきを得た。しかし、新しい下宿にフィリップの友人が訪ねてきて、トムに対して疑惑をもったようだ。トムはその男を殺して死体を捨てた。やがて刑事が調べにきた。死体確認に友人たちが集った時、トムはマルジェにフィリップはモンシベロに戻ったと告げた。トムはその夜、モンジベロへ行き、遺書を書き、金をマルジェに残して、フィリップが自殺したようにみせかけた。そうして元のトムに戻った彼は、傷心のマルジェをいたわり、愛を告げた。彼女もついに彼を受け入れ、結婚の約束を交わした。全てがトムの思うままになったのだ。トムは幸福に酔って、浜辺に寝そべり、こうつぶやいた。「太陽がいっぱいだ」と・・・。しかしその時、フィリップのヨットが、引きあげられていた。スクリューにからまったロープの先からフィリップの死体が現われた。
太陽がいっぱい スタッフ
監督:ルネ・クレマン
脚本:ポール・ジェゴフ,ルネ・クレマン
原作:パトリシア・ハイスミス
製作:ロベール・アキム,レイモン・アキム
音楽:ニーノ・ロータ
撮影:アンリ・ドカエ
編集:フランソワーズ・ジャヴェ
製作会社:ロベール・エ・レイモン・アキム,パリタリア
配給:ティタヌス,新外映配給
太陽がいっぱい キャスト
トム・リプリー:アラン・ドロン
フィリップ・グリンリーフ:モーリス・ロネ
マルジュ・デュヴァル:マリー・ラフォレ
リコルディ:エルノ・クリサ
オブライエン:フランク・ラティモア
フレディ・マイルズ:ビル・カーンズ
ジャンナ夫人:アヴェ・ニンキ
ボルディーニ:ネリオ・ベルナルディ
ウエイトレス:リリー・ロマネリ
ボリス:ニコラス・ペトロフ
ポポヴァ夫人:エルヴィーレ・ポペスコ
イングリッド:ジャクリーン・ドカエ
警部補:リオネッロ・ザンキ
フレディの連れの女性:ロミー・シュナイダー
ウェイター:ルネ・クレマン