生きてるものはいないのか (マイナス)-17点

生きてるものはいないのか

2012年公開の日本映画。同名戯曲を『鏡心』の石井聰亙改め石井岳龍が群像不条理劇として長編映画化。主演は染谷将太。石井監督の作品としては『五条霊戦記 GOJOE』以来10年ぶりの長編映画となります。

生きてるものはいないのか 映画批評・備忘録


生きてるものはいないのか

脚本:-20点(マイナス)
演技・演出:2点
撮影・美術:10点
編集:1点
音響・音楽:-10点(マイナス)
合計-17点(マイナス)


戯曲なら、舞台でやれ!映画でやるな!って言いたいところだけど、石井監督が”あえて””ねらって”撮った作品で、石井監督の死生観の捉え方を強引に押し付けてくる不快感極まりないクソ映画です。

オープニングから全く映像と合わないクソBGMが大ボリュームで流れ、クソのように人がただただ死んでいくクソつまらない作品です。
BGMは、ダニー・ボイル監督の「28日後」のBGMみたいな曲です。

登場人物のクソつまらない会話とクソつまらない日常を見せられ、クソつまらない状況で、クソつまらない言葉を残し、クソのように死んでいく。。。

最大の見どころであるラストシーンが黒沢清監督の映画「回路」と酷似してしまう映像で、ねらって撮った割にパクリ感が見えてしまい、なんかお粗末で
僕が知っている石井監督はもう生きていないのかもしれない。


生きてるものはいないのか あらすじ

作品の舞台は大学周辺で、舞台上でははじめ大学の休憩所や大学近くの喫茶店、研究室や大学病院の一室などが混在し、劇の進行につれて境界が曖昧になる。この舞台上を、都市伝説を研究している学生たちや、友人の結婚披露宴の出し物の相談をしている学生たち、自分の婚約者と元恋人との修羅場に直面している男、アイドルグループに所属する現役学生、といった人物たちの会話ややりとりが交互に展開する。はじめはどれも日常的なやりとりの範囲におさまっているが、やがて登場人物の一人が突然苦しみはじめてまもなく死に、それから次々と登場人物たちが、悲劇的というよりは間の悪いこっけいな死に際を見せながら倒れてゆく。劇中では都市伝説となっている殺人ウイルスの存在がほのめかされるものの、彼らの死の原因は最後までわからないままである。

生きてるものはいないのか スタッフ

監督 –
製作 –
プロデューサー –
原作 –
脚本 –
脚色 –
撮影 –
編集 –
音楽 –
VFX –
ギター演奏 – (メインテーマ・ギター演奏)
ポストプロダクションスーパーバイザー –
撮影補 –
美術監修 –
録音 –
助監督 –
製作 –
配給 –

生きてるものはいないのか キャスト

ケイスケ –
リョウコ –
カオリ –
カツフミ –
ナナ –
エナリ –
エイコ –
アンドレ –
マッチ –
カツオ –
ジョージ –
マキ –
ミキ –
コウイチ –
サカナ博士 –
サイトウ –
サチエ –
ヤマさん –

生きてるものはいないのか 予告編